役割分担できるのが人間

日常生活を送るうえでも、
また、仕事をするうえでも、
さまざまな制約というものが
存在しますね。

自分がこうしたいと思っても、
完全に自分が思う通りには、
させてくれないきまりのようなものが
必ずあるということですよね。

もし、そのきまりが無ければ、
自分は自分の思うように、
本当に好きなように動くことが
出来るというわけです。

でも、現実の社会で、
みんなが、それぞれに、
完全に自分の思うように
動くことが出来るとしたら
それは、どんな社会に
なるのでしょうか?

どうでしょうか?
そんな社会が存在できるのでしょうか? “役割分担できるのが人間” の続きを読む

歴史の勉強とは未来を考えること

なぜ、歴史を勉強するのでしょうか?
考えたことはありませんか?
「いつ、どこで、どんなことがあったか。」
そんなことを覚えて
いったい何になるのでしょうね?

そうですよね。
単純に、過去の出来事、
過去の事実を覚えるだけなら、
歴史を勉強する意味はないですよね。

過去の出来事について
いつ、どこで、何があったか、
その事実を、ただ覚えること、
それと、歴史を勉強すること、
これは、根本的に違う、
今日は、そんな、お話です。

正直に言えば、つい最近まで、
もしかすると、今、現在でも、
歴史を勉強するとはどういうことか、
自分自身、わかっていないのではないか…。
そんなことを最近感じています。

「歴史の勉強」
というと大げさですが、たとえば、
「過去の振返り」
という言葉で置き換えると、
少しわかりやすいのかなと
最近では感じているところです。 “歴史の勉強とは未来を考えること” の続きを読む

成長のための5分間ルール

これをやることが、
自分にとっては、
間違いなくプラスになる。
これをやったら、自分が
成長できることはわかっている。

でも、それでも、
どうしてもやりたくない。

あなたは、そんなことはありませんか?

私などは、そんなことばかりです。
ほぼ、毎日、そんなことの連続です。
「いやはや、どうしたものか…」
という感じです。

もしかすると、多くの人が、
多かれ少なかれですが、
私と同じような経験を
しているのではないでしょうか?

どうして、そう思うかというと
「自分が成長する」
ということは、それまでの
自分の枠を超えることだからです。 “成長のための5分間ルール” の続きを読む

やっぱり、相手を変えることは出来ない

ものすごく当たり前のことなのですが
ついつい忘れてしまうことです。
それは何かというと、
「自分の都合が良いように
相手を変えることは出来ない」
ということです。

言い方を変えれば
「相手には相手の都合がある」
ということでしょうか。

誰でも冷静になれば、
あたりまえだとわかることです。
ですが、目の前で、
何か問題が発生している時には
ついつい忘れてしまうことです。

「この人が、もう少し慎重に行動してくれたら」とか
「あの人が、もう少しやる気を出してくれたら」とか
「その人が、もう少し配慮してくれたら」とか
いろいろな思いで、頭がいっぱいになりますね。

でも、自分が思っている通りには
相手は動いてくれません。 “やっぱり、相手を変えることは出来ない” の続きを読む

歴史を知らないと組織は滅びる

当たり前ですが、
人はみんな違っています。
世界中探しても、誰一人として
自分と同じ人間というのは存在しません。
いわゆる自分のコピーというのは
存在しないということですよね。

SFの世界では、
クローン人間ということで
全く同じ人間を大量生産する、
そんなことが可能であるような
世界を描いたものもあります。

ただ、実際には、人間というのは、
工業製品のようなものではないようです。
大量生産は出来なさそうです。

現実の人間というのは、
「単なるタンパク質の塊」
ではありません。
その遺伝子の中に、
過去の歴史というものを
取り込んでいるようです。 “歴史を知らないと組織は滅びる” の続きを読む

あえて解決しないという選択肢

自分の身の回りで、
何等かの問題が発生した時、
あなたは、とりあえず、
すぐに問題を解決したいと思いますか?

私などは、何か問題が発生したら、
とにかく早く解決したい、
そう思うほうです。

でも、現実の社会では
必ずしも早く解決すればよいと
いうものでもないようです。

問題が発生していても、
問題の解決をしないで、
あえてそのまま放置する、
そんな選択肢を取る方がよい、
そんな場合もあるようですね。

まずは問題そのものが
解決すべき問題なのかどうか
そこを明確にするのが先だ、
そういう発想ですね。 “あえて解決しないという選択肢” の続きを読む

真実は一つ…ではないのかも

年を重ねれば重ねるほど
思うことがあります。
それはどんなことかというと
「真実はひとつ…ではないのかも」
ということです。

もちろん、合理的に考えれば
真実というのはひとつだけ
というのがあたりまえです。

一方で、事実という言葉があります。
この言葉は物理的な客観的な事象
とでも言うのでしょうか、
数値などのデータが代表的なものですね。

その「事実」に対して、
「真実」というのはニュアンスが違います。 “真実は一つ…ではないのかも” の続きを読む

インプットがあってこそアウトプットがある

アウトプットというのは
たとえば、このブログもそうですが
日常の中で何か思うことがあって、
「じゃあ、これを書こう」
「これをアウトプットしよう」
ということで書いています。

もし毎日の日常の中で、
何も思うことがなければ
このような文章は書けません。
つまりアウトプットは出来ないわけです。

一日中、何も思うことがない、
まったく考えることもない、
もし、そんな状態になったら
文章というのは
書けなくなるのでしょうね。

そのように、人が何かを思う、
日常の中で、何かを考える、
だからこそ文章が書ける、
そして、そのきっかけになるのは
やはり外部からの刺激です。 “インプットがあってこそアウトプットがある” の続きを読む

理想と現実の乖離をどう考えるか

理想と現実の乖離
誰でも考えたことがある問題だと思います。

理想を徹底的に求めて、
とにかく理想に現実を
合わせようとする考え方
それが、理想主義です。

逆に、理想はどうあれ、
現実はこうなっている
だから、まずは、現実を見て、
そこに対応していくことが第一である。
これが、現実主義ですね。

これらの考え方は両極端の考え方です。
実際には、あなたの頭の中には、
この二つの考え方が共存していると思います。
というか、共存しているのが健全だと思います。 “理想と現実の乖離をどう考えるか” の続きを読む

子供にお金は残さない

子供にお金を残すのは
あんまりよろしくないね。
若いころに先輩に言われたことがあります。
その時には、なぜそうなのか?
あまりよくわかりませんでした。

当時、自分の親の世代というのは
子供のために、たとえば、
「土地付きの家を残す」
「ある程度のお金を残す」
そういうのが一般的だったのかなと思います。

私の親の世代というのは、
戦中、戦後の厳しい時代を
何とか生き残ってきた世代です。

家を空襲で焼かれて
コメが無いのでイモを食べながら
何もないところから、
生活を始めたような世代ですね。

とにかく、自分達が苦労した分、
子供達には、苦労をさせないように
残せるものは残してやりたい、
そういう気持ちは少なからず
私の親の世代の人たちには
あったのではないかと思います。

ただ、だからといって、
「子供達にお金を残す、財産を残す
それは、あまりよろしくない」
というのが、冒頭の先輩の
言葉なんですね。 “子供にお金は残さない” の続きを読む