こだわらないということ

何か良い話を聞いた時に
それを、その後、どのように
自分に活かしていくのかについて、
すぐに取り入れられる人、
なかなか取り入れられない人、
いろいろです。

その中で、ものすごく上手に、
自分の生活パターンの中に、
取り入れていける人、
どう表現したらいいんでしょうか、
いわゆる柔軟に対応が出来る人ですね。

こういう人は、
インプットした情報を
自分の環境で、
アウトプットする時に、
ワンクッション、間にはさむ、
そんな感じでしょうか?

たとえば、
「毎日、1時間瞑想をしたらよい」
という話を聞いた時に、
少し考えるわけです。

「そうか、毎日、1時間瞑想か。
なるほどなあ。
でも、今の自分の環境では

毎日、1時間は無理だな。
まずは、毎日10分だけやってみよう。」

というように、自分が出来るように
内容を変化させるわけです。 “こだわらないということ” の続きを読む

詰め込みすぎかも

「毎日、やることを詰め込みすぎて
ちょっと疲れ気味かも。」

昨日、妻と話をしていて、
自分自身について
そう気づかされることがありました。

というのも、
定年退職して、会社勤めをやめてから、
時間が自由に使えるようになりました。

なので、ありがたいことに、
自分がやろうと思えば、
何でもやれるような
まあ、いわば恵まれた環境に
今、いることになります。

でも、不思議と、
もちろん、人によるのかもしれませんが
時間があるからといって、
何もしないで、ぼーっとする時間というのが
どうも、もったいなく感じてしまいます。

なので、以前から思っていた
「あれをやりたい、これをやりたい」
そんなことを、どんどんと
詰め込んでいるわけです。

で、最初の頃は、それで、
「ああ、これも出来る、あれも出来る。」
って喜んでいたんです。

でも、最近、ちょっと違ってきました。 “詰め込みすぎかも” の続きを読む

両親の介護で思ったこと

私の両親は、
この5年ほどの間に
あいついで亡くなりました。

その亡くなる前の、
数年間というのは、
妻とともに、両親の介護を
していたことになります。

もちろん、自分たち夫婦だけでは
とても手に負えるようなことでは
ありませんでした。

ですので、ケアマネージャーさんと相談して、
デイサービスや、訪問介護などの
介護サービスも利用させていただきました。
最終的には介護施設のお世話になりました。

また、両親の病気治療のため
自分が、通院に付き添う
回数も増えました。
一緒に診察室にはいって
主治医のお話をうかがうことも増えました。

その結果として、
それまで、元気だったころには
ほとんどわからなかった
両親の健康状態のことや、
病気の進行状態のことが、
いろいろとわかるようになりました。 “両親の介護で思ったこと” の続きを読む

もう少し、こうであってくれたら…

「もう少し、こうであってくれたら…」
あなたも考えたことはありませんか?

たとえば、こんな感じですね。

あなたの目の前にいる人に対して
「もう少しあなたがこうであってくれたら…」
ネットニュースなどを見ながら
「もう少し世の中がこうであってくれたら…」
会社の状況を考えながら
「もう少し会社がこうであってくれたら…」

このような様々な思いです。

「そんなこと、一度も考えたことないですよ。」
なんていう人は、いるんでしょうか?
おそらく、誰でも、一度くらいは
考えたことがあるんじゃないかと思います。 “もう少し、こうであってくれたら…” の続きを読む

ゴール設定をしない目標設定

普通は、目標設定というのは
まず、ゴールを設定する。
そして、そこから逆算して
今、やるべきことを決めていく
そんな方法が一般的です。

でも、そのようなやり方とは違う
目標設定の方法というのがあります。

どちらかと言えば、
そちらの方法の方に、
親近感を感じる人が
特に日本人の場合には
多いのではないかと思ったりもします。

私自身も、会社勤めをする前、
まだ学生で、社会を知らなかった時は
ゴール設定など考えたことは
ありませんでした。

でも、それなりに、自分なりに
目標設定というのは、あったんです。
今頃になって、ああ、そういうことか。
と感じているところです。 “ゴール設定をしない目標設定” の続きを読む

繊細さは良くないことか?

うちの妻は、とても繊細です。
身体のあそこが少し痛い、
ほんの少し気分がすぐれない。
椅子のクッションの固さが気になる。

本当にものすごく繊細なところまで
敏感に感じることができます。

私は全く、その逆で、
いわゆる「鈍感」です。
多少、あちこち痛くても
まあ、こんなもんだろう。

椅子のクッションが
固かろうが柔らかろうが、
座れたらそれでいいじゃない、
それで人生、変わるわけじゃなし。
なんて感じです。

なので、お察しのとおり、
妻からは、よくお叱りを受けるわけです。
「えっー?信じられない。なにも感じないの?」
と、よく言われるわけですね。 “繊細さは良くないことか?” の続きを読む

戦前の日本人は世界を冷静に見ていた

最近、第二次世界大戦よりも
前の時代、いわゆる「戦前」の、
日本の政治家、思想家、作家、
また、それ以外の人の
様々な著作を読む機会があります。

そこで、痛感するのは、
戦前の日本人というのは、
とても冷静に世界を観察し、
かつ、冷静に分析をしていて、
視野がものすごく広かったらしい
ということです。

情報の収集や分析も、
非常に素晴らしく、
いわゆる情報機関というものも
世界の大国のレベルに近かったようです。

当時は、今よりも、
情報が共有されるスピードは遅く
また、入手が可能な情報量も
今ほど十分ではなかったと思われます。

それにも関わらず、
当時の世界の状況を
非常に適格にとらえていて
当時の米国、欧州、アジア、インド、
さらには、中東、ロシア、南米にいたるまで
かなり的確に把握をしていたようです。 “戦前の日本人は世界を冷静に見ていた” の続きを読む

始める決断とやめる決断、難しいのは?

何か物事を始める決断と
何か物事をやめる決断と
難しいのはどちらでしょうか?

これだけの言葉だと
どちらが難しいか判断するのは
難しいのかもしれませんね。

でも、もう少し前提というか
条件というものを明確にすれば
判断はつきやすくなるかもしれません。

たとえば、
何かを始めるかどうかの決断の場合です。

もともと、やるべきだと思っていたが
どうしてもやりたくなくて、
今まで、ずっと避けつづけていたこと、
それを「始める」という判断をする場合

逆に、もともと、やりたくてやりたくて
しかたがなかったけれども、
さまざまな事情で実行出来なかったこと、
それを「始める」場合

この二つは、
同じ「始める」判断といっても、
難しさは全然違ってきます。 “始める決断とやめる決断、難しいのは?” の続きを読む

人生で一番若い日はいつ?

「人生で一番若い日はいつ?」
って聞かれたら、
あなたはどう答えますか?

「もちろん、おぎゃーって
生まれた時でしょ。」
って、答えますか?

確かに、自分の人生で、
一番若い時は、生まれた瞬間なのかも
しれませんね。

でも、今、この瞬間を基準に考えたら
一番、若い時というのはいつでしょうか?

これは、答えは、一つです。

そうですよね。
今、今日のこの瞬間が、
自分の人生で一番若い瞬間です。 “人生で一番若い日はいつ?” の続きを読む

そんなんウソやで

高校時代の社会科の先生で
「そんなんウソやで。
というのが口癖の先生が
いらっしゃいました。
かりにS先生としておきましょう。

今となっては、そのS先生に
社会科、特に歴史を
教えてもらったことを
とても感謝しています。

そのS先生がいつも言われていたのは
教科書に書いてあることであっても、
「それは本当に正しいのか?」
という気持ちで読んでほしい
ということでした。

たいてい、教科書を
ザーッと説明した後に、
「教科書にはこう書いてるけどな
こんなんウソやで。」
と、言われるわけです。 “そんなんウソやで” の続きを読む