歴史の勉強とは未来を考えること

なぜ、歴史を勉強するのでしょうか?
考えたことはありませんか?
「いつ、どこで、どんなことがあったか。」
そんなことを覚えて
いったい何になるのでしょうね?

そうですよね。
単純に、過去の出来事、
過去の事実を覚えるだけなら、
歴史を勉強する意味はないですよね。

過去の出来事について
いつ、どこで、何があったか、
その事実を、ただ覚えること、
それと、歴史を勉強すること、
これは、根本的に違う、
今日は、そんな、お話です。

正直に言えば、つい最近まで、
もしかすると、今、現在でも、
歴史を勉強するとはどういうことか、
自分自身、わかっていないのではないか…。
そんなことを最近感じています。

「歴史の勉強」
というと大げさですが、たとえば、
「過去の振返り」
という言葉で置き換えると、
少しわかりやすいのかなと
最近では感じているところです。

よく言われることですが、
過去の出来事というのは、
変えようがありません。

過去の出来事は変えようがない

タイムマシンでもあれば別ですが
時間というのが、過去から、
未来に向かって流れている以上、
過去にさかのぼって事実を
変えるということはできません。

しかし、その過去の事実に対して
今の自分として、どう解釈するか?
その解釈はいくらでも変えられます。

実際問題として、
その解釈を変えることで、
これからの自分の生き方が
変わっていくかもしれません。
つまり、未来が変わっていく
そうなるかもしれませんね。

たとえば、
過去に、営業の仕事をしていた時に
得意先の重要人物を怒らせて
土下座してあやまったことが
あったとします。

得意先を怒らせて土下座した…

土下座までいかなくても、
営業を仕事にしている人なら、
多かれ少なかれ似たようなことは
これまでにあったと思います。

こういうのは、事実としては
変えようのないことです。
事実は事実であって、
それ以上でもなければ、
それ以下でもありません。
そして、今からいくらあがいても
その事実を変えることはできません。

ですが、
その過去の事実についてどう解釈するか?
それは、どのようにでも、
変えることが可能です。

もっと言えば、
その過去の事実に対する解釈を変えることで、
今後の、自分の生き方が変わっていく、
そんな可能性があるということです。

過去の解釈を変えると未来が変わる

つまり過去の事実の解釈を変えることで
未来が変わっていく可能性が
あるということです。

さっきの例で言えば、
「ああ、あんなことがあったから
自分は人と接するのはダメだ。
営業なんて全然向いていない、
会社も辞めて、一人で引きこもった方がいい。」
と思って生きていくのか?

「あれだけ怒っている人でも、
土下座することで、
その場をしのぐことが出来た。
命を取られなくてよかった。
会社も首にならなかった。
自分って、運がいい!」
と、考えるのか?

あるいは、
「どんなに手を尽くしても
人を怒らせることはあるものだ。
あれはどうしても
くぐらないといけなかった経験だ。
いい勉強になった。」
と、考えるのか?

あるいは、
「あの時は、どこがまずかったのかな?
もし、もう一度、やり直せるなら
どうしたら良かったんだろうか?」
と、考えるのか?

ほんとうにいろんな解釈がある

どれが正解ということではありません。
というか正解なんてありません。

ただ、本当にいろいろな解釈の仕方
そして、未来への考え方の
さまざまなパターンがあり得ます。

歴史を勉強するというのは
過去の歴史上の事実に対して
同じように考えてみる
その勉強かもしれませんね。

過去の事実は、変わりません。
しかし、その事実を、
どのような視点で解釈するのか?
そして、今後の自分の人生に
どのように活かしていくか?

たとえば、第二次世界大戦について、
1945年に日本が敗戦した
それは間違いない事実です。

ただ、その事実を、
現在の日本人として
どのように解釈するかによって
今後の生き方は変わってきます。

現在の日本人としてどう考えるか

たとえば、
あの戦争は、するべきではなかった。
と解釈するのか?
あの戦争は、やるしかなかった。
と解釈するのか?
あの戦争は、もっと別のやり方があった。
と解釈するのか?

歴史的な事実は一つでも、
その事実を、どのような
視点で見るかによって
解釈は大きく異なります。

というか、歴史上の事実というのは
一つということではなくて、
数えきれないくらい無数に存在します。
そんな簡単な話ではありません。

ただ、無数の事実を踏まえて
その時代をどう解釈するかは、
自分次第ということになります。

もちろん、個人的な話と
日本や世界の歴史の話を
同じ次元で考えるのは
無理があるかもしれません。

ただ、自分の過去を振り返ることと
日本や世界の歴史を勉強すること
この二つには、よく似たところが
あるように感じませんか?

個人の振り返りと歴史の勉強は似ているかも…

共通しているのは、過去の事実は
変えようがないということ、
しかし、その解釈は、視点を変えることで、
いかようにも変化するということ、
このあたりは、似通っているように
感じています。

自分自身の過去について、
振り返りを行うのと同じように、
その当時の人になったつもりで、
日本や世界の歴史について
振り返りをやってみる。

そうすることで、
歴史というものを、
もっと身近に感じることが
できるのではないでしょうか?

若い時に、もう少し、
こういう考え方が出来ていれば、
もっと積極的に歴史について
向き合えたのかなと思います。

でも、まあ、始めるのに
遅すぎるということはありません。
歴史を楽しんで勉強していければと
思っているところです。

 

ムッシュスカラー

 

PS:歴史を勉強する時には、今の時代の感覚ではなくて、その当時の人がどう考えたのか?その当時の人の気持ちになることが重要だと言われます。でも、そのためには、当時の地理的な環境、経済的な環境、政治的な環境などなど、様々な背景情報を知ることが必要になってきます。けっこう大変です。でも、それが「歴史が面白い」ということの裏返しなのかもしれませんね。

PPS:歴史を勉強するというのは、ある意味、過去の物語を勉強することです。歴史上の事実に反しない範囲なら、いくらでも、物語は出来てしまいます。最初に結論ありきではなく、どの物語が一番、真実に近いのか、それを想像していくのが歴史を勉強することの面白さかもしれませんね。

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