「昔取った杵柄」はあぶないかも…

最近のことですが、
押し入れにしまってあったギターを
取り出してきて、
久しぶりに弾いてみました。

遠い昔ですが、大学時代には、
ギター部ということで
部活動もしていて、けっこう
それなりに演奏していたものです。

で、少し慣れてくると、それこそ
「昔取った杵柄」ということで、
簡単な曲なら、指が覚えていて
割と、さっと弾けるわけです。

で、楽しいので、ついつい
長い時間、弾いてしまうわけです。
あなたも、そんな経験はないですか?

ところが、そうやって、
しばらく弾いているうちに
左手の親指の付け根のところが
痛くなってきました。

左手の親指の付け根が痛くなってきた

で、気が付いたら、
日常生活にも支障が出るくらい
痛くなってきたのですね。

「おっと、これはいかん。」
ということで、今は、
ギターを弾くのをやめて、
左手の回復を待っているところです。

「ええ、こんなこと、
昔は、なかったのに。
なんで?」
などと、つぶやいてました。

でも、冷静に考えれば、
答えは明確です。

なぜ、そうなったのかと言えば、
力の入れすぎです。特に左手ですね。
なかでも、弦を押さえる時に
左手の親指に力を入れ過ぎました。

親指に力を入れすぎてました

結果として、左手の親指のつけねの筋肉が
耐え切れなくなったということです。

言われてみたら当たり前の話なのですが、
筋肉というのは、力を入れると固くなります。
その筋肉が固くなった状態のままで、
さらに、無理に力を加えて、
指や指の根っこの筋肉を動かしたわけです。

固くなっている筋肉を
さらに無理に動かそうとしたため、
結果的に、指に関係する筋肉というか、
指から肘にかけての筋肉を痛めてしまった
ということだろうと思います。

ただ、冒頭でも触れたとおり、
大学生の頃には、部活動で、
1日数時間も、当たり前に、
ギターを弾いていました。

その時は、毎日、毎日、
来る日も、来る日も、
今回よりも、ずっと長時間、
ギターを弾いていたわけです。
(学業がおろそかになって、
単位を落としまくってましたが…)

大学生の時は痛めたことはなかった

でも、その時には、手の筋肉や
手の神経を痛めるようなこと、
いわゆる腱鞘炎のようなことには
なったことはありませんでした。

なぜ、ならなかったかと言えば、
もちろん、若かったからということも
あると思います。

でも、若さ(バカさ?)以外に、
今、改めて思い出すと、
力の入れ具合が適切だったから
ということもありそうです。

意識したわけではありませんが、
長時間、楽器を演奏する中で、
力の入れ具合というのを
自然に身につけていた
という感じだと思います。

というか、おそらく誰でも
長時間、楽器を弾き続けていると
自然に力が抜けるようになると思います。
というか長時間弾こうと思えば
力を抜かないとやっていられません。

長時間演奏では自然と力は抜けてくる

また、そうやって、毎日、
長時間、ギターを弾いていると
徐々にですが、ギターを演奏するために
必要な筋肉がついてくるようです。

で、そうやって、
徐々に身体を慣らしていくことで、
また、徐々に筋肉がついてくることで、
自然と、うまい具合に
力が抜けてくるんですね。
というか、自然に、
適切な力具合になっていきます。

でも、今回は、その時のようには
うまくいきませんでした。

徐々にではなく、
いきなり最大の力を入れて
弾いてしまっているわけです。

なぜ、そんなことになるかと言えば、
昔、最大の力でギターを
弾けていた時の力の入れ方を
身体が記憶しているからでしょうね。

「昔取った杵柄」というやつ

そうです、「昔取った杵柄」というやつです。
身体は覚えているわけです。

でも、昔、ガンガン弾いていた当時、
その時に使っていた筋肉は
今は、衰えてしまっています。

なので、自分の身体が覚えている通りの
昔の動作をしようとすれば、
短時間なら出来るのかもしれません。
ほんの少しの時間なら筋肉は
持ちこたえるかもしれません。

でも、時間が経過すると
そうはいきません。
だんだんとボロが出てきます。

筋肉が衰えているので、
最初は出来ていた動作が
少しずつ出来なくなってきます。
不十分な動作になるわけですよね。

で、その不十分な動作だと、
思った通りにはならないので、
さらに、無理に力を入れます。

そうなると、ただでさえ、
無理をしているのに、さらに
もっと無理をすることになります。

無理に無理を重ねる

そうなると、結果的に、
それほど時間がたたない間に、
筋肉が悲鳴を上げてしまう、
という感じでしょうか?

これは、楽器演奏だけでなく、
スポーツでもよくある話だと思います。
スポーツの場合は、もっと顕著でしょうか。

筋肉が衰えているのに
昔と同じように身体を動かそうとすると、
筋肉が悲鳴を上げてしまうわけです。

子供の運動会に出た父親が
全力疾走したら、
ちょうどゴール前あたりで
足が前に出なくなって、
豪快に前のめりで突っ込んでしまう。

自分では足が出ているはずだと思っているのに
実際には、足が出ていないわけです。
なので、必然的に前に突っ込んでいく
ということになるわけですよね。

身体の使い方の記憶はあるけど、
筋肉がついていけない、
その典型だと思います。

身体の記憶に筋力がついていけない

じゃあ、どうすればいいか
ということですが、
どうしたらいいでしょうかね。

まあ、普通に考えたら、
以前の筋力を回復するために、
少しずつ筋肉をつけていく、
それ以外に、答えはなさそうです。

若い時はそんなことは、
いちいち考えなくても、
筋肉の回復のスピードも早いので、
毎日、ガンガン練習しても
身体を傷める確率は低いのでしょうね。

でも、本当のところは、
若い時でも、やりすぎはNGだと思います。
将来有望な若い選手が、練習のやりすぎで、
身体を壊してしまうというのは
いくらでもある話ですね。

やりすぎにならない程度で
しかも、徐々に筋肉が
増えていくくらいの強度、頻度
そんなトレーニングというのが、
大事になってきますね。

私などは、「とにかく、毎日やる。
しかも、出来るだけ多くやる。」
若い時には、それしか考えていませんでした。

とにかく毎日、とにかく多くはNG

「とにかく、毎日やる、
とにかく、たくさんやる。」
本当に単細胞というか、
アホだったなと思います。
よくそれでケガをしなかったなと思います。

社会人になってからも、
健康の維持のためには
「腹筋運動が良い」と聞きかじったら
「とにかく毎日やる。」
「どんどん回数を増やしていく。」
「とにかくこれ以上出来ないくらいやる。」
そうやって腹筋を鍛えた時もありました。

でも、そうやって鍛えていた時に
腰痛を発症してしまって、
どうにもこうにも動けなくなる、
そんなこともありましたね。

今なら、知識があるので
腰痛の原因がある程度わかります。
なので、そんな無茶なことはしません。

これまで、自分だけの思い込みで
やってきた様々なこと、
今日は、ギターを例に取り上げましたが
身体を傷めないで、末永く、
楽しんでいくということを考えた場合、
それなりの合理的な練習方法というのが
必要になってきますね。

合理的な練習方法を考える

そのためには、いろいろな情報を
集めてみて、自分に合う方法を
あるいは、自分に合う先生を
探してみるのがいいですね。

私の場合は、先生につくというのは
あまり好きではないので、
もっぱら、ネットや書籍などで
情報を集めて、試して楽しんでいます。

それで食べていく、
いわゆるプロになるというなら、
生活がかかっているので、
先生につくのが正解だと思います。
時間も一番短縮できます。

ただ、趣味としてやっていくなら
いろいろと情報を集めて、
ああでもないこうでもないと
試しながらやっていくのも、
これもまた、楽しみの一つなのかなと思います。

「昔取った杵柄」は危ない

楽器演奏にしても、運動にしても
「昔取った杵柄」は危ないということです。
いきなりやりすぎは危険という話ですね。

若い時はガンガン出来たことでも、
年を取れば取るほど
自分を上手にコントロールすることが
必要になってくるということです。

当たり前と言えば当たり前ですが、
これが、案外難しい、
そう思う、今日この頃です。

 

ムッシュスカラー

 

PS:余談ですが、練習量を増やせば自然と力が抜けてくるというのは、自分の経験から正しいと思います。でも、基礎から、力の入れ具合について意識してやっていけば、上達はもっと早くなるのだろうと思います。

PPS:最近、youtube動画でギターの演奏に関するハウツー動画を見ることがありますが、力の入れ具合に関しての動画が多数あるのでびっくりしています。

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