右斜め前に逃げる

中学・高校と剣道をしていました。その高校時代の剣道部の顧問の先生がとってもユニークな先生でした。生徒からは「スーパーマン」と呼ばれていましたね。

この「スーパーマン」の意味は「何でもできる人」という意味ではありません。この先生,剣道をしていない時は,黒ぶちの眼鏡をかけていて,映画のスーパーマンに出てくる「クラーク・ケント」そっくりの髪型をしていたからです。上背はあまりありませんでしたが,身体はがっしりしていました。もちろん腕力は強かったですね。

保健体育の先生で,高校の体育の授業でも剣道を教えていらっしゃいました。口癖は,「おらおら,何してる!もたもたすんな!」でしたね。剣道部では,部員の動きが遅いと一言「遅い!」といって,竹刀でぶん殴る(こともある)。そんな先生でした。こわい先生でしたよ。

変わった練習

で,その先生の剣道部での練習のひとつで,おもしろい練習があったんですね。剣道では,たいてい,二人一組で向き合って練習(稽古)するわけです。その時の練習でも,いつもと同じように二人で防具をつけて向き合うわけです。ただ,普通の練習と違うのは,一人は普通に竹刀をもって構えるのですが,一人は竹刀を持たないということです。

それで,何をするかというと,とにかく1分間,竹刀を持っていない方は,竹刀を持っている人から「面」「小手」「胴」の一本を取られないように逃げ回るんです。一本取られずに,逃げ切ったら竹刀を持っていない人の勝ちという練習でした。1分間だけでしたが,面白かったですよ。

1分間逃げ回る

もし,あなたが竹刀を持っていない方だったら,どうやって逃げますか?ひたすら相手に背中を見せて逃げ回りますか?でも,剣道場はそんなに広くないですよ。それに敵に後ろを見せたら,うしろから,カーンと頭に一発竹刀をくらって,倒れてしまうかもしれませんね。頭の後ろは防具がうすいので,竹刀で打たれるとものすっごく痛いですよ。ほんとに,頭の周りで星がキラキラと回ります。(経験者は語る)

じゃあ,相手と向き合いますか?相手と向き合っても,こちらには武器はないですよ。相手が打ってきた瞬間に,少しうしろに身体を引いて,空振りさせますか?たしかに,そんな感じで,一本を取らせないような動きをしていた人もいました。でも,これは長続きしません。だんだん相手に間合いを詰められてしまいますね。

色々な逃げ方

それとは逆に,相手が打ってきた瞬間に,前に出て,相手に体当たりをするという人もいたと思いますね。これは先ほどとは逆に,相手との間合いをつめることで,十分に竹刀を振り降ろさせない,つまり,一本を取らせないという逃げ方です。

どちらかというと,高等テクニックでしょうか?やるには,けっこう勇気がいりますしね。もし,相手が自分が出ることに合わせて下がれば,ちょうど打ちごろの間合いになります。リスクはありますね。

フットワーク

それ以外だと,左右に動くことでしょうか?剣道では前後の直線的な動きが多いので,足さばき(フットワーク)が鮮やかな人なら,何とかなるかもしれないですね。でも,これも,その動きが遅かったらだめです。相手が慣れてしまえば,動きを合わせられてしまいます。

で,ごくわずかの人がやっていたこと,それが相手が打ってきた瞬間に右斜め前に逃げるという逃げ方です。相手が打ってきた時に,体当たりするのではなくて,相手とギリギリのところを,相手の右側にすり抜けるという動きです。

この動きは,時代劇などの映画では,殺陣として俳優さんがよくやっています。ひらりひらりと相手の刀の下をすり抜けていくので,とってもかっこいいですね。ですが,これは実際にはかなり高度な技です。なかなか出来るものではありません。

高度な技術

特に相手の技術が高いと,こちらに,よほどの実力がないと出来ないことなんですね。相手の技が早い(刀が早い)と,こちらが刀の下をすり抜けるまえに,相手の刀が自分の頭を真っ二つにしているということになりますからね。

とまあ,いろいろと書きましたが,すべてこれらのことは,練習をした後で,我々生徒が,初めて考えたことなんです。先生はこの練習からどういうことを伝えたかったかというと,こういうことです。

先生が伝えたかったこと

その先生曰く
「おまえら,何も考えてないだろう。竹刀を持っていたら,相手が打ってきたら竹刀で受け止めるだけしかしないからな。もっと頭を使え!」
というような感じでしたね。

確かに,竹刀を持っていれば,相手が打ってくるのを受け止めることが出来ます。なので,それ以上のことはしませんし,あまり考えません。つまり,それ以上,自分の技術を高めるために何かをしようとは考えないし,しないんですよね。

でも,竹刀を持っていなければ,防御について,自分の足さばきで何とかするしかありませんね。そこでようやく自分の足さばき(フットワーク)について考えるわけです。

いやでも自分で考える

一見,変わった練習でしたが,とっても勉強になった練習でした。先生が言われたとおり,自分で考えるということを実感できたということが大きかったですね。でも,それ以上に面白いなと思ったのは,この先生の指導方法に関してでした。

剣道は特にそうかもしれませんが,運動部というのは,先生に言われたことを,とにかく、そのとおりに、正確にやるということだけに集中しがちです。自分では何も考えないことが多いです。指導する先生がたも、それを求めていることが多いですね。

でも,われらが「スーパーマン」は違いました。少し変わった練習方法で,「それだけではダメだ!」ということについて,我々に指導してくれていたということです。なかなかこういう指導者はいないのではないかと思います。

われらが「スーパーマン」

「スーパーマン」は,厳しい人でしたが,個性を認めてくれる人でした。なので,高校の時の剣道部は,個性豊かなメンバーばかりでした。各個人が得意とする技もさまざまでした。それに,剣道部のメンバーは,人間的にも,本当に,ひと癖もふた癖もあるメンバーばかりでした。そのおかげで、大変なこともたくさんありましたが、今から思えば、いい経験をさせてもらったなと思います。

そんなことを考えた時に,やっぱり,われらが「スーパーマン」,すごい先生だったなと思います。こういう先生すてきですよね。

ということで,今日は,はるか昔の高校時代のお話でした,
本日も,最後までお読みいただきありがとうございました。


ムッシュスカラー


PS:大学に入った時に,ほんの一時期,大学の剣道部に所属していたことがあります。ですが,練習の仕方がどうしても納得できなくて,やめてしまいました。その時に,剣道を続けるかどうかについて,この「スーパーマン」に相談に行ったことを思い出します。当時の自分は勇気があったなと思います。当時の自分には,そこまでしてしまうような切羽詰まった感じがあったんでしょうね。

PPS:その時に,「スーパーマン」から,どんなアドバイスをもらったかは覚えていないです。ですが,最後は,「あなたが自分で決めたことなら,それでいいんじゃないか。」とだけ言われたような記憶があります。高校時代には,「おまえ」としか言われたことがなかったのですが,大学生になっていたこの時には,「あなた」と言われました。そこだけは何となく記憶に残っています。

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