日本人の精神の
ひとつの大きな特徴として
自然に対しての畏敬の念というのが
あるそうです。
あるそうです、と書いたのは
自分自身、若い時には、
そこまで考えたことが
なかったからです。
でも、考えたことはなくても
ごく自然に感じていたことではありました。
自然への畏敬の念という話を聞いて
なるほど、そうだったのか
と思ったわけです。
この社会は人と人との
人間関係で成り立っています。
なので、人に対する感謝というのは
人生を幸せに生きていくための、
必須の条件だと思います。
ただ、さらに、それ以前の
前提として、もっと大事なもの、
大切にしなければならないものがある、
それが、自然に対する気持ち、
自然に対する畏敬の念だという話です。
このあたりのことについては、
日本と、それ以外の国、
とくに西欧諸国との間には、
大きな相違があるようです。
日本と西欧諸国の相違点
西欧の宗教では、
(代表的なのはキリスト教ですが)
天地創造というのは、
神がしたことで、自然というのは
神が創造したということに
なっているようです。
一方、日本の場合は、
そうではありません。
日本の神話をさかのぼると、
自然というのは、
神さまが現れる時には、
すでに存在しています。
その中で、神さまが、
日本という国を作り出していく
という流れになっています。
つまり、自然がまず大前提として存在する。
その中に神さまというものも
同時に表れたという感じでしょうか?
まず自然が大前提にある
このあたり、知ったかぶりで書いていますが、
日本の神話については、
実は、あまり詳しくありません。
西欧の宗教についても、
それほど詳しくはありません。
ですので、上記の考え方が
正しいのか自信はありません。
教えてもらった情報をもとに、
自分で、少し勉強した程度の知識に過ぎません。
その点はご了承ください。
ですが、この日本の神話、
つまり、「神代(かみよ)の話」を知った時、
神さまというものの位置づけについて
海外と日本では大きな違いがある、
ということについて、とてもしっくりと
腑に落ちた感じがしました。
西欧の宗教のように、
「唯一の神がいて、
その神が全知全能であって
自然も作り出した。」
というのは、私自身、どうにも
腑に落ちない感じがしていました。
自然そのものが神
それよりも、
「自然そのものが神である。
いわゆる八百万(やおよろず)の神として、
自分の目の前に、目に見える形で
普通に存在している。」
という考え方の方が、
私には、自然な感じがします。
あくまで個人的な感覚です。
また、けっして、西欧の宗教を
否定するものではありません。
その点はご了承ください。
日本でよく言われることばで、
「そんな卑怯なことをしたら
おてんとうさまに顔向けできない」
という言葉があります。
これは、文字通りに読めば、
「卑怯なことをしたら、
お日様を見ることが出来ない」
ということです。
おてんとうさまに顔向けできない
お日様、つまり太陽というのは、
古来、日本では、信仰の対象です。
神聖なものだということでしょうね。
卑怯なことをしたら、恥ずかしくて、
神聖なものに顔向けが出来ない。
ということなのでしょうね。
このように、日本というのは、
太陽を特別なものとして考える
太陽崇拝、もっと言えば、
太陽神崇拝というのが、
意識するしないに関わらず、
ごく普通にいきわたっています。
たとえば、富士山に登って、
初日の出、ご来光をみる
ということが神聖な儀式と
されています。
つまり、太陽が信仰の対象に
なっているということですね。
また、
日本人は無宗教と言いながら、
近所の神社に行けば、
柏手(かしわで)を打って、
自然に頭を下げます。
実は、これも神道という信仰(宗教)の
立派な作法の一つです。
自然に行っている神道の作法
特別に、その神社の氏子でなくても
作法の意味は知らなくても、
日本人はなんとなくですが、
そうやって柏手を打って、
頭を下げるということをします。
違和感なく自然にやっていますね。
多くの日本人は、特定の神さまに
強く帰依して、というより、
なんとなく、大雑把に、ほんわりと、
頭を下げているのではないでしょうか。
これら、日本人がごく自然に
行っていることの多くは、
そもそもは、神さまに頭を下げる、
すなわち、その動作を通じて
自然に対する畏敬の念をあらわす
ということになるようです。
というか、自然がそのまま
神様につながっていますので、
自然を怖れつつ自然の恵みに感謝する、
そのような気持ちが、心の奥底に、
無意識の中に、保たれている
その証拠ではないでしょうか。
自然に対する畏敬と感謝のあらわれ
その自然と神を同一視する視点は、
「唯一の神が自然を作った」
とする海外の国々とは
民族の意識が大きく異なる
ということになるのでしょうか。
もちろん、これは、
どちらが良いという話ではありません。
ただ、そのような違いがあるということを
よくよく踏まえておかないと
海外の人と話をするときに、
話が食い違ってしまう可能性があります。
海外の人と話をするときには、
まず、日本のことをよく勉強しておくこと
それが大前提になるのでしょうね。
特に、日本の国の成り立ち、
すなわち、神代の昔から現在にいたるまで、
世界一長い歴史をもつ
日本という国の歴史を
しっかりと知ることでしょうか。
世界一長い歴史をもつ国
言い換えると、
日本という国は、どのような国で
どのような歴史を経て、
現在に至ったのか、それを
古代の国造りの時代からしっかりと
勉強しなおすことが必要ということですね。
若い時は全く意識していませんでしたが、
さきほども、書いたとおり、
日本は、世界一長い歴史を持つ国です。
意外かもしれませんが、
言われてみれば、その通りなんです。
神話に出てくる神さまから、
初代天皇の神武天皇、
そして、現在の天皇陛下まで、
血統が途切れていません。
一つの王朝が続いています。
海外には、日本と同じくらい
長く続いた王朝はありません。
この事実は、歴史を勉強すれば、
すぐにわかります。
神話に出てくる建物が廃墟になっていない。
遠い古代の神話から現代まで物語がつながっている。
そんな国も、日本以外にはないようです。
実際、そういう話を聞くと、
海外の人は驚かれるそうです。
海外の人もびっくりする
事実として、現在の米国にしても、
中華人民共和国にしても
日本と比較すると新しい国です。
イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど
欧州各国も、日本に比べると
新しい国々です。
海外の人に、
「日本というのは、どういう国ですか?」
と尋ねられた時に、
「日本というのは、このようにして
成立した世界最古の歴史を持つ国です。」
というように、日本という国について、
日本人のアイデンティティについて、
明確に話が出来るといいですよね。
日本人のアイデンティティについて
海外の人とでも、しっかりと話が出来るように、
これまでしてこなかった歴史の勉強を
今頃になってですが、少しずつしているところです。
そして、自分の知識として、
ものにすることができたら、
自分の子供や孫にも、
そのような話ができるといいな
と思っています。
ムッシュスカラー
PS:日本の国の成立に関して、建国の話、日本神話、古事記、日本書紀、これらについて、学校教育で教えてもらえるといいのでしょうが、戦後教育では、このあたりがすっぽりと抜け落ちてしまっているようです。自分自身も、勉強した記憶がありません。
PPS:これだけインターネットが発達して、世界、海外というものが身近になった今、多感な子供の時期に、自分の国の成り立ちについて知るというのは、以前にもまして、大事になってくるのだろうと思います。