なんでもいいのですが、
あなたがアイデアを出すというときに
必ず避けて通れない壁があります。
それは何だと思いますか?
そうですね。
それは、あなたが、
自分でも意識しないうちに
設定している前提条件です。
「どんなことでもいいですから
自由にアイデアを出してください。」
そんなふうに言われても
誰でもが、自分で意識はしていませんが
必ず前提条件を設定して考えています。
全く前提条件なしに考えられる
そんな人は、ほとんどいません。
そして、その前提条件というのは、
その人がこれまで生きてきた歴史でもあるし
極論すればその人そのものです。
で、その人そのものというのは
言い方を変えれば、
その人の持っている性格です。
おなじ情報を与えられても
考えることは全く違うし
当然、出てくるアイデアも
全く違うものになりますね。
同じ会場で、同じレクチャーを受けても
受け取り方は、10人いれば10人ともちがいます。
場合によっては、180度受け取り方が違う
なんてことも普通に起きます。
この違いというのは
極論すればその人の性格
そして、その性格に起因する
考え方の違いによります。
性格が完全に同じ人は
世界中に一人もいないのですから
考え方、受け取り方が
完全に同じという人は、
世界中に一人もいない
ということになります。
なので
「自由にアイデアを出して」
といわれた時に
考えるための前提条件を
完全に取っ払うなんてことは、
実際には不可能なのです。
ただ、それでも、もし、
自分の性格、自分の経験、これまでの環境
そういうものを、一切、横に置いて
自由に考えることが出来るのであれば
ものすごく斬新なアイデアが出てくる、
それは間違いないと思います。
とは言うものの、正直な話、
自分の性格というのは本当に難しいですね。
自分の「あたりまえ」は、
他の人にとっては
「あたりまえ」ではありません。
「あたりまえ」といいながら、
その「あたりまえ」というのは
実は、人によって
すべて違っているんですよね。
ですから、客観的に見るといっても
客観的に見ようとしている自分そのものに
すでに性格による偏りがあるわけなので
本当の意味の客観性というのは
存在しないということになります。
数字には客観性があると言われますが
その数字を出してくる、その出し方について
すでに人の意志がはたらいています。
統計的な処理といっても
どの処理を選ぶのかは人の判断です。
数字や統計的な処理の結果は動かせませんが、
そのおおもとの数字をどこから取ってくるか
どのように分析するか、それをどう解釈するか
そこにも人の性格がからんできます。
なかなかやっかいな話でしょう?
でも、本当に人生の達人と言われる人は
そういうところに踏み込んでいます。
自分の性格、自分の考え方の偏り
そんなことをとっても冷静に見ています。
自分を向上させたい
そう思ったのであれば、
最終的には、自分の性格というものに
ぶちあたってしまうのではないかと思います。
自分の性格が、これからの自分の人生において
あまりプラスにはならないと思えば
それを修正していく必要があります。
一方で、自分の性格は変えられないとして
その部分については触れないことを
前提条件としてやっていくのも
もちろん、有りだと思います。
でも、その時には、常に
自分の考えはこっちの方に偏っている、
必ずしも、客観的とは言えない、
そのことを十分に承知したうえで、
いろいろなことを考えていく必要がありますね。
なんだか、とりとめのない話になりましたが
自分の中で、最も素晴らしいものであり
最も扱いにくいのが、自分の性格です。
自分の性格を、出来る限り冷静に
出来る限り客観的に見ることが出来れば
周りの人とのコミュニケーションが
とてもうまくいくようになります。
自分の性格は絶対に変えない、
その方針の場合には、
取れるコミュニケーションの範囲は
必然的に狭まります。
もちろん、これも100ぜロではありません。
性格を100%変えるなんてことはできません。
性格が100%変われば別の人ですよね。
なので、ある程度までは、
なんとか自分の性格を変える努力をする。
しかし、この部分は変えない
それでよいと思います。
少しだけであっても、
自分の性格を変えることが出来る
そんな人は本当にまれです。
でも、ゼロではないですね。
自分の性格を変えるということが
どこまでできるのか、
いろいろ試してみながら
少しずつ進んでいくのがよいですね。
ということで、今日は、性格のお話でした。
かなり概念的なお話で申し訳ありません。
でも、とっても本質的なことだと思います。
あなたはどう思われますか?
ムッシュスカラー