書くことは読むこと?

先日、ブログに書いた「モンテクリスト伯」、読了しました。
(パチパチパチ、私の拍手です。)
やっぱり相当に長い物語でしたが、途中からは本当に引き込まれて、時間があれば読むという状態になってましたね。なので、予想よりはかなり早い読了でした。

で、本の感動はさておき、本の最後のあとがき(年譜)のところに、次のような記載があったんですね。(部分的な抜粋です。)

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1842年 文政2年 デュマ22歳
この頃から劇作家になる決心を固め、古今東西の戯曲は勿論、小説、歴史類まで読み漁った。
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今までにも、何度か感じたことがありますし、先輩からもよく教わっていたことですが、文筆家というのは、相当な読書家であるということですね。

文筆家は相当な読書家

アレクサンドル・デュマのような著名な作家であっても、書きたい文章が,いきなり天から頭に降ってくるわけではないということです。本当にたくさんの読書をする中で、頭に入ってきた知識,情報が,整理されて,新しいアイデアが生まれてくるんでしょうね。そして、結果的に、すぐれた文章が書けるということのようです。

よく、天才作家、天才作曲家とかのエピソードとして、いきなり天から、見事な文章や、見事な音楽のフレーズが降ってくる、勝手にイメージが湧いてくる、みたいな話を聞いたりしませんか?

モーツアルトなんかは、そういう逸話がたくさんあったみたいですね。でも、実際のところは、モーツアルトなども、お父さんから音楽の英才教育を受けていたそうです。小さな時から、音楽の基礎はしっかりと学んでいたということを聞いたことがあります。

天才でもいきなりは書けない

アレクサンドル・デュマであっても、モーツアルトであっても、何も勉強しないで、いきなり名作が書けるはずはありません。そこにいたるまでには、多くの先輩方の作品を勉強したということです。

おそらくどんなことでも、完全にゼロからの創造というのはありませんよね。しかし、世の中には「模倣、マネではなくて、創造が大切だ!クリエイトだよ!」とおっしゃる方がたくさんいらっしゃいますね。その心意気は良いと思います。

ただ、現実問題として,世の中で認められている素晴らしい作品は、全くのゼロからの創造ではないことが多いようです。その作品が作られる前の、多くの先輩方の作品の中に、その素材なり、参考になるものが必ずと言ってよいほど含まれていますね。

ゼロからの創作は稀

もちろん,完全なゼロからの創作というものもあるんでしょうが、名著と言われているものは、やはり,過去の様々な作品の基礎の上に成り立っているという感じでしょうか。

その一方で、完全にまねてしまえば、それは盗作になりますね。現在なら著作権違反となります。どこまでが盗作で、どこからが創作かは、時々裁判でも問題になるようです。

まあ、誰が見ても、「これはパクり(盗作)だよな」と思われるものは、著作権違反となるんでしょうね。でも、たとえば、考え方をまねているとか、構成をまねているという程度のことなら、裁判沙汰にはならないと思います。また、国の違い、時代の違いでマネとは認識されないこともありますよね。

盗作(パクり)とは違う

いずれにしても、すばらしいものをつくりたいということなら、やはりこれまでに先輩方が作ったすばらしいものを勉強することが基本になるんだろうと思います。その勉強というのは,国を超えて、時代を超えて,それこそ,むさぼるように勉強することになるんでしょうね。

そういう勉強をしないで、斬新なものを作ったと言われた場合、たいていの場合は大したことはないんだろうと思います。もちろん、これも絶対ということはないので、本当の天才なら出来るかもしれませんね。まあ、本当の天才というような人が、実際にいるのかどうか、私にはわかりませんが…。(天才の定義が、何も努力しなくても何でもできる人ということならですが。)

天才とは努力家

私の知る限り、世の中で天才と言われている人は、たいていは超一流の努力家であり、勉強家です。何が違うといって、努力の質、量が半端ないです。努力しないで出来る人というのはあんまり聞いたことはありませんね。

プロ野球の大谷選手でも、イチロー選手でも、みんな桁違いに努力をしていますよね。そういう努力も含めて天才なんだろうと思います。

ということで、なんだかんだいって、やっぱり努力ですよねというお話でした。あたりまえといってしまえば,それまでですが…。

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ムッシュスカラー

 

PS:これは書くことだけでなく、話すことにも通じますよね。上手に話をしたいと思ったら、上手に話す人の話をたくさん聞くことがよいのだろうと思います。

PPS:モンテクリスト伯の読後の感想は、前回、読んだ時とは、やっぱりかなり変わっていましたね。やはり読む時の自分というのが反映されるみたいです。また、何年かしたら読んでもいいかもしれません。名作というのは、何度でも読みたいと思うものみたいです。

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